venetian beads
ベネチアンバザー 東京都武蔵野市吉祥寺本町4−1−2 Tel 0422 (23) 1677 Fax 0422 (23) 1688

Perle Veneziane Venetian Beads
VENETIAN STYLE MURANO GLASS BEADS
Welcome to everyone ようこそ

このサイトではベネチアンガラス種類がたくさんあります 。
好みのものも絶対に見つかります。

ベネチアンガラスの歴史

これまでベネチアンガラスの歴史は、10世紀に始まり、13世紀より発達しはじめ、  ルネッサンス時代の15−16世紀に最盛期に達して、18世紀末に衰え、戦後復活してきたと一般的に解釈されてきた。そして、その始まりはビザンチィン帝国から技術導入した とか、地中海東岸のイスラム世界のガラス産地からの影響で始まったといった説が一般化していた。  ところが、1960年から61年にかけて、ポーランドの考古学者が現在人口19人となっているトルチェロ島の広場を発掘して、7世紀−8世紀のガラス古窯を発見し、venetian glass 史に大きな波紋を投じた。そしてトルチェロ島のガラス工房跡から出土物からみた製品の技術やデザイン内容は、中部イタリアのラヴェンナや北イタリアのフリウリのガラス工房と同様にアレキサンドリアのイスラムガラスの系統に属する発表された。ポーランド考古学者の説によると、このガラス工房は少なくとも8世紀まで続いた、と報告されているが、断絶後ガラス工房が何処に移動したか、何処に継承されたかは不明である。  このガラス工房が、ベネアンガラスへと直接つながってゆくかどうかの結論はまだ若干の問題点を残しているが、少なくともこの島で製造されていたガラス器の断片資料の他に、この工房とヴェネツィアンガラスの始まりとされる10世紀との間のギャップを埋める資料が存在することも明らかになっている。つまり、トルチェロのガラス工房はヴェネツィア湾内の いずれかの島などに、移動又は継承されていた可能性が高い。  もともとトルチェロ島は、ベネチア共和国が独立した6世紀には、その首庁舎が置かれていたところで、ベネチア湾内では最も重要な島であった。しかし、8世紀に入ると首都機能などの重要な役所が次々にリアルト島に移され、サンマルコ寺院が創建(829年)された頃には、トルチェロ島の政治、経済上の役割は終わっていた。こうした  移動状況から推測しても、トルチェロ島のガラス工房は間違いなくベネチア本島へと継承されていったにちがいないであろう。 イタリアがローマ帝国(紀元前1−5世紀)の本拠地であった頃、ガラス工芸史上では 大事件が起こった。いわゆる吹きガラスの技法の発明である。たった一本の金属パイプがガラス生産方法に革命をもたらして、全世界にガラス技術やその技法によって作られた 製品が浸透していった。一般にローマンガラスと呼ばれているガラス製品がそれである。 東は日本に、北はスカンジナヴィアやロシアに、南はアフリカに、西はイギリスに到るまで、 古代文明の存在したあらゆるところに、ローマンガラスは運ばれていったが、その爆発的な展開も西ローマ帝国の破壊(476年)と共に、急速に衰えて、やがて姿を消してしまった。 イタリア半島の全域でガラス工房が活動していたが、とりわけ北イタリアのアクレイアが最も盛んなガラス工芸の中心地であった。このアクレイアのガラス工房は、その後生き延びて 活動を続けていた一つであった。もともとアクレイアは海湾都市で、海上貿易の盛んな 商都市でもあったから、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)とも、地中海東岸やアレキサンドリア地方とも交流があった。この地で発掘されたローマンガラスや陶器、ブロンズ等は 種類、技法、年代に幅広い拡がりを示しており、各地に輸出入貿易を行っていた状況を窺わせる。そのアクレイアのガラス製品とトルチェロ島のガラス工房で作られていたガラス 製品とにイタリアガラス史でも共通性が認められている。これはヴェネチィアンガラスが確実にローマンガラスの延長線上にあることを示唆している。

ベネチアンガラスの展開

トルチェロ島のガラス工房の周辺からは、ガラスモザイクの断片が数多く発掘されているが、それらは7世紀頃建設されたトルチェロ島の教会や聖堂を製作する為に作られたものであった。8世紀に入って、リアルト島(ヴェネツィアの島が作られる以前に現在のヴェネツィア領域内にあった島)のにヴェネチィア共和国の中心が移動して、リアルト島の各地で教会や聖堂の建設ラッシュがはじまった。おそらく、ガラス工房も建設現場に近いリアルト島に移ったのであろう。それを確認できる資料はない。公式な記録上でヴェネチィアのガラス職人の名前が登場するのは10世紀末になってからのことであった。1078年にはサンマルコ大聖堂の再建が始まり、前壁面がガラスモザイクで埋め尽くされていった。ヴェネチィア政府は東方のガラス工芸の中心地に植民地を建設して、原料の砂やソーダ灰の入手を確保するとともに、それらの中心地で作られていたイスラムガラスの独占的な輸入も行うようになった。そして遂に1268年にはヴェネツィアンガラス同業組合が結成され、組織的な発展の基礎が作られ、これを踏まえてヴェネチィア政府もガラス業界への援助が行われるようになる。1277年、ベネチア提督がシリアガラスの最大産地の領主との間にガラスカレット(ガラス素材原料)の輸入契約を結び,ベネチアへの原料の安定的供給を計った。また燃料の管理を合理的に行う為に、薪に政府が 直接統制を加えることになり、夏期の操業の禁止を行うなど、政府の強力なコントロールが入れられるようになった。ガラスの製造を完全なかたちで政府の保護下におく為に 1291にガラス製造業者及び職人、助手、家族等すべてをムラノ島に移住させ、島外に脱出する者には死罪を課すという厳罰体制で管理が行われた。一方では新しいガラス技術や新製品の開発を行った者には賞を与えたり、時には貴族の称号を許可することもあった。ベネチアンガラスは、ムラノ島の中でこうした管理化の下に守られ、発展していった。

13−14世紀のガラス

この時代のガラスは、ビザンチン世界のガラス、とりわけギリシャのコリントガラスに関連をもつ。ビザンチンとイスラムのエナメル彩色の技法と器形のデザインが15、16世紀に展開するグラスに大きな影響を与える。

15世紀のガラス

15世紀になると、イタリアルネッサンスの文化的高まりを背景にして、ガラスが高度に発達して行く。その代表的な作品が華麗なエナメル彩色のゴブレットやコンポート、鉢や瓶壺類である。特に結婚記念や祝祭記念用に作られた作品は、注文主の家紋や名称、 肖像等を入れて作られた。この時代はヨーロッパの各地の君主や名家からの注文によって製作されたエナメル彩色の記念のガラス器類が多く作られた。これからも15世紀よりベネチアンガラスが名声を獲得し、賞賛されていたことがわかる。エナメル絵付けガラスの大家とされるアンジェロ・バルビィエールの結婚記念杯が有名である。  

16世紀のガラス

16世紀後半になるとベネチアンガラスは最盛期をむかえる。新しい様式のガラス作品が続々と生み出された。ヴェネツィアンレースとして当時のヨーロッパ貴族たちのコスチュ−ムを飾ったレースの名声をガラスにも取り入れようとして作られた繊細なダイヤモンド彫り ガラス、華麗なレースガラス、無色透明のクリスタルガラス、器全体に氷裂を入れたアイスクラックガラス、美しい流動的な色彩のうねり模様を再現したマーブルガラスなど、色々な形態や機能のガラス作品が作りだされた。特に乳白色の細い線を透明なガラスの中にレース編みのように一糸乱さずに閉じこんだレースガラスは秘伝とされており、永くヴェネツィア独特の至芸として伝えられてきた。 16世紀のベネチアンガラスにおいて、壁面鏡や巨大シャンデリア等、インテリア関連のガラス製品が急速に展開し、特にベネチアの鏡はヨーロッパ各国で大流行した。その名声を高めたのがフィレンツェのカテリーナ・メディチがフランス王アンリ2世に嫁いだ時に109枚のヴェネチィアの鏡を持参した。当時の鏡の値段は名画の3倍も高かったということであるから、それは富の象徴ともなった。さらに、マリア・デ・メディチが続いてフランス王アンリ4世に嫁いだ時には、多種類の宝石で飾られた化粧鏡がヴェネツィアより贈られて話題をさらったそうである。こうしたフランス王室のデモンストレーションに刺激されて、各国の王室や貴族たちも競ってヴェネツィアの鏡を買うようになり、それを部屋一面に飾ったりして、「鏡の間」がヨーロッパの貴族社会で大流行する。さらに、そこに輝きを添える   シャンデリアの需要も多くなった。

17世紀のガラス

ヨーロッパ市場の90パーセントを占有するほどまでに急成長したヴェネチィアのガラス産業も17世紀になると、かげりを見せ始める。大西洋ルートで世界貿易を展開し始めたスペイン、ポルトガルや強力な政治力と経済力を持ったフランスがヨーロッパの政治経済の主導権を握るようになり、ヴェネツィアの地中海の東方貿易は無用となっていった。さらに、イギリスで鉛のクリスタルガラスが発明されて、豪華なテーブルガラスがヨーロッパ市場を魅了し始めた。また、ヨーロッパの半分を占有していた神聖ローマ帝国はボヘミアのプラハに首都をおき、ボヘミアンガラスの育成に努め、木灰を使ったカリ・クリスタルガラスを生み出し、無色透明のガラスに彫刻を施した豪華なバロックガラスが創り出された。このガラスはハプスブルク家の下に王室で使われるようになり、急速に中部ヨーロッパに拡がっていった。そんな中でヴェネツィアンガラスはヨーロッパ市場から撤退していくようになり、大きな危機に直面する。 こうした危機を乗り越える為、ムラノ島総動員で、イギリスやボヘミアのガラスに対抗できるガラス製品の開発に取り組み、生まれたのが過剰装飾とも言われることのあるアップリケ装飾を取り入れた華やかなガラス製品である。縁取りに青や赤や黄色等を使った多彩なガラス器も創り出された。また、イギリスやボヘミアのクリスタルカットのシャンデリアに対抗して、花のように多彩で華麗なシャンデリアやキャンドルスタンド等の照明器具もこの時期創り出された。さらに、古代ローマ時代のミルフィオリガラスの技法を再現して、モザイク模様のトンボ玉を大量生産して、アフリカ原住民との間で奴隷貿易を行ったのもヴェネツィアの衰退の影響がみられる。 ヴェネツィアンガラスの市場を維持する為の努力によっていろいろな技術開発や新しいジャンルの開拓を行った。金色に輝くアヴェンチェリガラスの開発やマーブルガラスの展開もその成果となった。

18世紀のガラス

ヨーロッパ各国は新しい産業主義が始まり、自国産業を保護する為に競争力の弱い 分野の製品に高率の輸入関税を課して自国の産業を保護するようになった。ベネチア、ボヘミア、イギリスのようなガラス産業が高度の発達をみせていた国を除いて、どの国も自国のガラス産業を保護する為に、ガラス製品の輸入に対して高率関税の制度をおこなった。このため、ガラス生産国の輸出は激減して倒産するガラス工場が続出した。そこでムラノ島のガラス工場は高率関税でも乗り超えてゆけるような付加価値の高い製品の開発がされるようになった。かつてのムラノ島では手がけたことのなかったグラヴィ−ル彫刻やカットの技法も導入した製品が作られた。またベネチアンガラスの一分野として重要な位置を占めていたガラスモザイクも従来の一センチ角でかなく、一ミリ角のガラスモザイクさえ作り出された。さらに社会状況の変化により超脱した強力なスポンサーであったキリスト教会に対する売込みも盛んになり、教会のインテリアや什器類も作られるようになった。関税のないアフリカや東南アジア向けの輸出トンボ玉も盛んに製造された。ガラスの装身具や使うことを目的としない装飾品、洋服のボタンやステッキの握り手、ドアノブ、子供のおもちゃなどあらゆるものが手がけられた。そしてこの苦境にナポレオンのヴェネチィア征服(1797年)という一撃を与え、ベネチア共和国が解体する。

19世紀のガラス

1806年、venezia共和国の解体から10年後にムラノ島の500余年続いたガラス 職人組合は解散した。輸出が落ち込み、政府の指導もなく、ガラス職人たちは途方に 暮れていた。しかし時代は近代化に踏み出し、義務教育、社会教育、産業教育の場として、美術館、博物館、資料館のブームが到来した。ヨーロッパの各所でその土地固有の物産や伝統を踏まえた歴史博物館が作られた。古い資料が不足し、必然的にレプリカが必要となり、ムラノ島の職人たちは、古代から17世紀のガラス製品の名品レプリカ作りに励む中、自らの現状を切り開いていくヒントを得ることになる。 色ガラスの生産を特徴としていたヴェネツィアのガラス工芸にとって、他国にはできない最大の利点が色ガラスを基本にしたがらす製品を作ることであった。その一つがガラスモザイクの生産で、古い教会のモザイク壁画の修復に必要であった。ヴェネツィアは黄金モザイクガラスを作ることのできた唯一の産地だった。さらに新しい建築用の照明器具や建材インテリア部門にジャンルをひろげていった。 支えを失って再出発したムラノ島のガラス産業もこうして辛うじて苦難の時代を乗り越えようとしている時に、二人の救世主、弁護士サルヴィアッティと修道院長のザネッティが現れる。サルヴィアッティはガラスの世界では素人である特権を生かして、ガラスモザイクに近代的な製法を導入して大量生産する工場を建設し、建設関連のガラス製品や名品のレプリカ、時代に適したガラスの量産に踏み出し、株式会社を設立して大きな成果を あげた。サルヴィアッティに続く工場が続出して古い体質は近代化していった。一方でザネッティはガラス工芸の基本を教える教育機関をつくり、古い資料を集めてガラス博物館もつくった。本来、工場特有の秘法や秘伝や独自の技法を公開することを厳禁していた規制の中で過ごしてきたムラノ島の職人達は容易には公開してくれなかったが、ザネッティの熱心な説得に賛同し、学校、美術館、展示会、研究会が開かれてゆき、資料も集められ本格的な研究も進められた。こうした先見者と伝統職人達の提携によって、窮地を脱出し少しずつ近代化の道へと進展していった。

20世紀のガラス

この時期、ベネチアではヨーロッパで流行していたアール・デコ様式に呼応するデコ様式を生み出した。それはシンプルな造形と抑制された色使いを特色として、華やかな装飾性や多彩色を特色としていた従来のヴェネツィアンガラスの様式とは異なった現代的なデザインとなった。第二次世界大戦で被害を受けたイタリアの中で、ムラノ島のガラス産業にも破壊的な打撃を受け活力を失う。そんな状況の中で銀行員コスタンチーニにより、ガラスの復興を願って、世界の巨匠達(ジャン・コクトー、ピカソ、シャガール等、数十名の画家や彫刻家)にガラスの芸術作品の制作に協力を呼びかけた。 1950−70年代にかけて、こうした巨匠達は続々とヴェネツィアを訪れてコスタンチーニに協力を申し出て、ガラス彫刻作品用のデザインを描いた。コスタンチーニがデッサンをガラス製品に移す解釈と指導を行い、巨匠達とコスタンチーニの共同作業となり、作品は生まれていった。これがガラス史上最初の彫刻作品であった。コスタンチーニ企画した初めての発表会に多くの アーティストやアートディーラーが荒廃していたムラノ島に集まり、職人達に大刺激を与えた。そしてムラノ島は改めて蘇り、新しいガラス美術を生み出し、すばらしい現代作家たちが輩出していった。

ベネチアの歴史

紀元前一世紀頃、古代ローマ帝国が現在のヴェネト州、フリウリ州、トレンティーノ州、 そしてクロアチィアのイストリアを含めた地域をVenetia」と呼んだことに由来する。紀元前10世紀に小アジアから到来したと言われる人々が定住して、ヴェネツィア周辺の本土沿岸に港町ができた。6世紀頃、アッテラのフン族の襲来から逃れるために、 多くの住民がラグーナと呼ばれる浅瀬の岬や島、現在のトルチェロ島ヤブラノ島などの島々に移り住み、どうにか塩の生産で生き延びた。やがて塩の交易で経済力をつけ、コンスタンティノープルから自治権を与えられ、7世紀末には最初の総督が選ばれ、9世紀の初め、水で囲まれて防衛に適した場所、ヴェネツィアの島に本格的な移動がはじまった。司教と総督というヴェネツィアの町にとって基本的な聖と俗の二つの権威が確立する。 827年頃、二人の商人がエジプトのアレキサンドリアから聖人サンマルコの遺体を持ち帰り、その時点からヴェネツィアの守護聖人となり、サンマルコ聖堂を再建して、宗教的独立と政治的自由を願った。司教と総督の努力によって、西方の国向けの品をビザンチンや アラブなど東方の国から輸入する港として栄えるようになり、992年に総督は東ローマ帝国から海運貿易に有利な条件を獲得し、11世紀初めにはアドリア海全域を手中に入れた。14世紀のペストで人口は半分になり、経済危機が訪れたうえ、ミラノ、フィレンツェなどからも攻撃を受けた。幸いにして、ジェノヴァと協定を結び、それ以降は  アドリア海を 制覇できるようになった。そして勢力を増してきたトルコ軍に対して、キリスト世界を守るという 名目で立ち向かった。一方内陸では14世紀末、フィレンツェと協定、15世紀には北ヨーロッパとの輸出の道を確保する為、軍隊を送り、ヴェローナ 、パドヴァ、ヴィチェンザを支配下に置くようになる。その後戦いに巻き込まれながらも 16世紀には経済大国となり、最も華やかの時代をむかえる。16世紀末レパントの戦いでトルコ軍を倒して将来が 輝かしく思われたが、17世紀初め再びペストの打撃を受けて次第に衰えていった。1797年にはナポレオンの占領でヴェネツィア共和国は破壊する。その後オーストリアの支配下におかれるが、1866年イタリアに統合する。

ベネチアの島

ベネチアの島は120以上の小島が400もの橋で結ばれている。水と陸の接点である橋はヴェネチィアの都市構成の重要な要素であり、現在の橋はほとんどが19世紀に作られたもので、全てが太鼓橋なのは水面と陸面の差が少ないためである。町は街路と広場と150ある水路の網で形成されている。

人口基盤

ベネチアの建物は不安定な地盤に適した軽い柔軟性のある構造が必要だった。建物の外壁の部分に木の杭をカラントと呼ばれる粘土と砂の混じった層にまで打ち込み、その上にユーゴスラヴィアから運んできたイストリア石の基礎土台を載せ、さらにその上にレンガの壁を積み立てていく。主構造には船と同じように木が使われた。木は湿気を吸収し全体の重荷を減らすので、船大工の技術を建物に適応した。

井戸

広場や宮殿の中庭にはほとんど必ず井戸がある。それは地下水を吸い上げるものでは なく、雨水を溜める槽である。地下水のない島という立地条件で飲料水獲得のための見事な工夫であった。



我々のベネチアンビーズアトリエは ベニスでガラス職人によって ですべて手作りです。ビーズ作りは非常に古い技術です、 そして、ベネチアンビーズ殖民になるには数年かかります glass beads これはベニスの最も美しい橋です。この橋の上にいろんなお店があります。こちらで自分のお土産を沢山買えます。ベネチアンガラス、マスク、ベネチアンネックレス等色々あります。絶対にベネチアに行ったらこの橋の事を忘れることが出来ません。 rialto bridge
Maurizio Lotter ガラスの職人は各ビーズを作る為に非常に集中力が必要です。ただの小さな失敗で全ての作品がだめになります。

(私が仕事をするとき無心になります回りの事を無くなってしまいま作っているものだけは大切で魂を注ぎます。)
busto donna これは私が作ったビーズの中で一番好きなビーズです。女の人の体の上にお花と枝と絡まって特別の材料を課糧作ったものです。
これはベネチアの伝統的な尾店です。このところで食べ物と飲み物は一般の店より安く買えます。 mercato

この方はダビデペンソ
(DAVIDE PENSO)です。私の思いでは世界の一番ビーズメーカーです。先生であり、彼からいろんなことを学べる事が出来ます。ガラスの事について彼は何でも分かります。彼のサイトへどうぞ
www.artstudiomurano.com

Davide Penso
ベネチアンビーズは全て 100% MuranoGlass
我々はおよそ3000種類のベネチアンビーズを作ります。
我々の先生達は数年ガラスの事勉強して最高のビーズを作ります。先生達は非常にベネチアの伝統的なやり方を使いますワルドベストビーズを作っています

Directly to you from the best Bead Artist
www.venetianbazaar.com
You can also look at
www.perle-veneziane.com


ベネチアとムラノビーズの事

ベネチアンビーズ
ベネチアンビーズはほとんどムラノ島にあるモレッティ(effetre)のガラスの棒で作られています、
又特別のガラス棒は小さな工房から使られます
。ただ種類によってそれぞれ膨張力が違いますのでガラスの合性に気をつけなければなりません。
ガラスの種類は沢山あります、
ムラノ島で一番使うのはこの次の種類です1)透明である、2)
不透明 、3) 乳白ガラス、4) アラバストロ。
この種類のガラスを使用して、金箔あるいは銀箔を混ぜると、全てのデコレーションをする事が可能になります。
一番大切なことはガラスの準備をしなければなりません、ただの買った棒を使うだけではありません。
各ビーズ、装飾、
サイズによって準備をすることが必要です。
このステップが非常に重要である、棒や銅線はビーズの命です。
ベネチアでは
ユニークマスタービーズメーカーが沢山います。
ベネチアングラスの種類も多くのタイプがあります。
けれども正常なガラスからベネチアングラスを作成することができません、
ベネチアンビーズと呼ばれるためには、何年もの
経験とガラスも愛し、
そしてベネチアの文化も愛し、自分の魂もビーズの中に注ぎ込まなければなりません。
VenetianBeadsはベネチア人の手によって作られて初めてVenetianBeadsと呼ばれます。
たとえ、ベネチアンガラスの材料を買って、
きれいなビーズを作ることが可能ですが、ベネチア人が作らなければベネチアンビーズとは呼べません。


Venetian Beads
:Venetian Beads are made by using glass canes or sticks made mostly from
Moretti (effetre) on Murano Island.   
Murano Glass is divided by many different kinds of glass. 
The most popular are 1) Transparent, 2) Non Transparent , 3) opaline,  4) alabastro.    
 Using these kinds of glass and mixing them with gold or silver foil makes it possible
to make almost any shape and decoration.  
The first step is the glass has to be prepared.  
For each bead it is necessary to have different diameter stick
depending on the decorations or size to make. 
This step is very important because, the stick depends
on
the development of the entire bead. 
There are many types of Venetian glass a master bead maker may choose from,
as each one is unique.  
Venetian glass can not be created from normal glass; it has to be
specificlly made from the same company or as to be with the
esact coefficent of expansion and what is most important created
by the master bead maker in order for it to be later called,
VENETIAN BEADS.

Perle Veneziane
Quasi tutte le perle Veneziane sono eseguite
usando il vetro in bacchetta
della ditta EFFETRE Murano (ex Moretti).
Le rimanenti sono eseguite con della canna fatta da piccoli artigiani. Ed a volte con questa si possono fare anche delle piu' paricolari. Tutto il resto bisogna farselo da soli.
Il vetro e' un materiale
che a prima vista sembra tutto uguale.
Invece, questo materiale e' molto piu' complesso di quanto si possa immaginare.
Ogni tipo di vetro e diverso uno dall'altro e deve essere lavorato individualmente
per problemi di compatibilita' e di coefficente di espansione.
Questi vetri, mescolati assieme, provocano senz' altro delle tensioni interne che poi,
si riveleranno senza dubbio deleterie per il prodotto finito.
Quindi bisogna conoscere il vetro, molto meglio, di quanto si possa credere.
Le varieta' del vetro sono tantissime, comunque,
nell'isola di Murano Venezia, di solito, si usano questi quattro tipi di vetro:
1) trasparente, 2) vetro in pasta, 3) opalino e 4) alabastro.
Usando questi quattro tipi di vetro e aggiungendo
della foglia d'oro 24Kt oppure foglia d'argento e possibile fare
praticamente, tutti i tipi di perle e di decorazioni.
La prima cosa da fare nell'esecuzione di una perla, e' di preparare il vetro.
Per ogni tipo di perla, lo spessore dalla canna, deve essere diverso
a seconda del diametro della perla che si deve eseguire.
Se fosse possibile, sarebbe bene anche cambiare l'intensita
del fuoco usato in relazione alla grandezza della perla.
Da questa preparazione dipende fondalmentamente
l'esecuzione della perla.
Una cosa molto importante da ricordare e' che il vetro, prima di essere usato
deve essere, Lavato e Asciugato, accuratamente.
Ci sono tantissime impurita non visibili ad occhio nudo
ma che avranno degli effetti indesiderati sul vetro a temperature elevate.
Bisogna fare molta attenzione a questo dettaglio, anche se sembra insignificanteper molti.
Ci sono tantissimi sistemi di lavorare le perle,
dal cannello ad aria a quello ad ossigeno, opuure quello verticale, tipo Giapponese.
Questi sistemi hanno ognuno una particolarita'diversa dall'altro.
Per comnciare credo sia meglio scegliere quello che sembra piu' adatto e piu' facile da reperire e comiciare a conoscere il vetro, colore per colore.
Ognuno di questi stili e' unico a se stesso ma credo che
non ce ne sia uno superiore o inferiore all'altro, con tutti
si possono fare delle cose meravigliose.
La cosa piu' importante e' di amare il vetro,
e quello che si vuole fare con questo materiale.
Le perle non possono essere fatte con del vetro comune.
Devono essere esguite con del vetro fatto a murano o in maniera simile,
e deve essere fatto con lo stesso coeffficente di espansione
altrimenti, tutto quello che si fara'sicuramente si rompera'.
Mi ripeto ma e' basilare.
Gl'igredienti piu' importanti nella lavorazione delle perle,
oltre la sabbiasilicea, la soda.....etc.
Sono AMORE E PASSIONE, i quali devono esssere accuratamente
inseriti nell'esecuzione dell'oggeto, questo serve per dare l'anima all'opera
che sta eseguendo, e per poi poterle chiamare in futuro, PERLE VENEZIANE'.

ベネチアングラス

ベネチアングラスとガラス作品と歴史に関する本は沢山あります。
しかし、皆様にお伝えたい事は、この材料の素晴らしさだと思います。
ベネチアングラスの名前の意味は ヴェネツィアのムラノ島で作られています。
これもベネチア人が作ったものです。
他にも色々素敵なガラスはありますが、ベネチアンガラスとは呼びません。
また、大切なことは、どんなふうにガラスマスターがガラスを通じて、
自分のデザインをどう挿入することができるかにかかっています。
秘密は幾年もの練習と情熱を合わせて彼らの精神の一部をガラスの中に注ぎ込みます。
その結果他のガラス製品とは違う、命の輝きのような作品が出来ます。
それがベネチアンガラスです。

Venetian Glass     
There are many books about Venetian glass and history of glass making. 
But, what I would like to transmit to you is the feeling of this wonderful material.   
 Venetian glass gets its name because;
it is made in Venezia on the island of Murano.
 
 What also is important is the how the Master glass beads artisan
are able to insert inside their own design within the glass. 
It seems like they are sharing part of their soul,
it is their passion to create.

Vetro Veneziano

Ci sono gia' in commercio molti libri
che parlano della storia del vetro e del Vetro Veneziano.
Quello che vorrei trasmettere a quelli che guardano questo sito e'
il sentimento che si prova lavorando questo meraviglioso materiale.
Vetro Veneziano significa vetro fatto nell'isola di Murano
o al massimo a Venezia centro storico.
La cosa piu' fantastica e' come, i Maestri Vetrai Muranesi,
riescano a mettere il loro sentimento dentro questa materia e
creare qualsiasi oggetto da questa massa rovente di vetro incandescente,
dando vita a forme piu' svariate di oggetti, vasi, sculture e perle di splendore unico.
Sembra veramente che ad ogni pezzo fatto
ci sia all'interno un pezzo della propria anima mescolata
con la propria passione.

ベネチアンマスク

今現在、ベニスではベネチアンマスクはたくさんのいろ種類があります。
何百年前から,このMasksもありましたが使い方は今とは違っていました。マスクは普段使いでした。
またペストが大流行した時にも医学に使われました。
しかし、このマスクを毎日使うと安全面の問題で一時作る事が禁じられました。
しかし25年前位から作成が再開されました。
目的は違います。現在カーニバルの時季だけに使えます。
もちろん昔もこの期間中に使っていましたが、
先ほど書いたように使い方はもっと幅広かったのです。
それらは、今日、記念品のために作られていますが、
またはCarnivalやOperaの為に使えます。
ベネチアンマスクを作るためにまず粘土で自分の好みの形を作ります。
型を作る為にかなりの技術が必要とされます。
この形が出来上がったら石膏を流し込み型をとります。
次に石膏が乾くと、粘土をはずすとマスクの型ができあがります。
ベニスのMasksは紙ですべて作られてり、イタリア語で、
‘CARTAPESTA'は水とと接着剤の溶液で飽和状態を意味すると呼ばれます。
このcartapestaは 最低3回重ねないと、層が強化されません。
そのため芸術家は何度もその手順を繰り返さなければなりません。
乾くまで少なくとも最低12時間かかり、より大きいMasksは最大24時間かかります。
完全に乾いたあと、Maskを型からはずして、
欠点がないかどうか一度丹念にチェックします。サンドペーパーで整えます。
このフェーズが完了した時、ヤスリ紙と白にペイントします。
次のフェーズは芸術家がそれらの腕のみせどころです。
芸術家には、それぞれ自分自身のデザインをマスクを通じて表現します。
または買い手からのオーダーがある事もあります。
デザインが細かいものや手が込んでいる作品には慎重な技が必要です。
次に、カラフルなリボン、織物は真珠に玉で飾って、銀か金箔が加えられます。想像は無限です。

Venetian Mask
   Today, Venetian Masks are some of
the most popular items to buy and see in Venice.
Hundreds of years ago these Masks were made for
other reasons such as social affairs and also medical. 
But today they are made for souvenirs or
worn for Carnival or even to the Opera.
The way to make to make a Venetian Mask is to start from
a clay based mold, which is shaped by the artist.
Once the mold is made,
the artist pours on it a thick strate of chalk.
Once chalked the Mask Mold
is ready to take off the clay,
this way we can have the same shape in negative form. 
 From this mold, it  is now possible to start making a Venetian Mask.   
Venetian Masks are all made with paper,
in Italian it is called ‘CARTAPESTA’
which means paper saturated in a solution of water and glue,
like paper mache.     
The artist then has to fill the mold for a
minimum of three layers to help strengthen the shell.
On average it will take up to 12 hours to dry,
and up to 24 for larger Masks. 
Once completely dried the Mask is carefully checked for
any imperfections and if needed, repaired. 
  When this phase is done it is now time
to be brushed with sand paper and painted white.  
The next phase is where the artist begins
to create their masterpiece.
The artist either creates their own design
or has an order from the buyer.  
To start with, bright or dark colours are painted on the Mask;
careful hand control is needed as some of the markings are quite small and unique. 
Then colorful ribbons, fabric, beads pearls, silver or gold foil is added.
The imagination is endless.

Maschere veneziane
Recentemente a venezia questo articolo e' diventato uno
fra gl'oggetti piu' ambiti di chi visita Venezia.
La maschera comunque non e' un'articolo di recente produzione,
e' sempre stata prodotta a Venezia da secoli.
L'uso di questa era diverso da quello di oggi,
infatti si usava come un ornamento abituale
nella vita sociale di Venezia.
Poi, quando fu il periodo della peste a Venezia,
veniva usata anche scopi medici.
Per un periodo abbastanza lungo,
la maschera, ha passato un periodo non proprio meraviglioso,
anche per via di qualche legge
fatta dalla Serenissima Republica di Venezia a riguardo della sicurezza.
Considerando che si potevano usare normalmente,
senza dubbio, qualche malpensante, avra' sicuramente approffittato della situazione,
per fare i propri interessi.
Da circa 30 anni fa', la maschera a ricominciato ad essere apprezzata da tutti
e naturalmente gl'artigiani Veneziani,
pensando che sarebbe stato un buon articolo da riproporrere,
si sono messi all'opera creando cosi svariati modelli e decori.
Il suo uso attuale ,si limita comunque. al periodo di carnevale o
per qualche rappresentazione teatrale.
Per il resto dell'anno rimane a casa, come splendida decorazione da parete.
Per fare una Maschera veneziana, prima di tutto,
e' necessario creare la forma voluta, modellando a proprio gusto l'argilla.
Sopra questa forma, viene colato del gesso il quale,
riproduce esattamente il negativo del modello.
Una volta creato il neggativo, si mette in ammollo della carta comune,
in una soluzione di acqua e colla da pareti
( sistema classico comunemente chiamato CARTAPESTA).
Queste strisce di carta inzuppate di questa soluzione,
vengono adagiate sul calco della maschera in maniera molto omogenea e compatta.
Minimo si devono fare tre strati carta, per avere la consistenza giusta.
Bisogna anche stare molto attenti che, la carta, non si incolli sullo stampo.
Serve quindi mettere un isolante fra lo stampo e la carta.
Finito questo procedimento,
si deve aspettare circa un giorno perche il tutto si asciughi completamente.
Una volta asciugato il grezzo,lo si toglie dal calco,
e si riparano le eventuali imperfezioni.
Dopo questo passaggio, si deve dipingere la maschera, del colore voluto
(solitamente bianco) e si isola con della gommalacca.
Arrivati a questo punto, entra in gioco la propria immaginazione
e si possono creare piu' articoli, di quanti, si possa immaginare.

イタリア

イタリア
という国は手工芸品を尊重し、その技術を守る為に努力を惜しまない国の一つでした。
そういった理由から、今現在も職人さんがその道を先祖代々引き継いでおります。
特にベネチアにはそういった職人さんが大勢おります。
ベネチアには、職人の仕事を教えた学校までもありました。
ムラノ島では、人は手作りのビーズを作る方法を学ぶことができました。
millefioriやモザイクのビーズのようなテクニックはその当時、
非常に人気がありました。
ガラスを溶かす技術が困難なため後にで金と銀箔を挿入しました。
また、ムラノGlassはムラノ島だけの中にガラスの
技術を守るために特別法によって保護されました。
今日はムラノではハンドクラフトのモザイクで作られたオリジナルの
ハンドクラフトビーズや 金箔ビーズ、
銀箔ビーズ、ホワイトゴールドホイルビーズがすべて見つけることができます。

ITALY

Italy has always been one of the countries that
protected and respected hand craft work. 
 It is for this reason that in Italy you can still find a lot
of independent artisans doing the jobs their ancestors did.  
 Especially in Venice.  
During the Republic of Venice there were schools
that taught artisan's work
.
In Murano,
one could learn how
to make handcrafted beads. 
Techniques like millefiori or mosaic beads
were very popular at that time.  
  Gold and silver foils were introduced later because
there were difficulty of the way of burning glass.     
Also, the Murano Glass was protected by special law that
kept the glass only in the island of Murano.  
Today one can still find the original handcraft work from centuries
in
Murano and buy original handcraft beads made with mosaic,
gold foil beads, silver foil beads, white gold foil beads
all representing centuries of Venetian Glass making.

ITALIA

L'Italia e' un Paese che in qualche modo,
ha sempre protetto e rispettato gl'artigiani,
creando anche nei tempi passati. delle leggi le quali agevolassero il proseguimento di queste professione,
anche se purtroppo, recentemente, stanno a man mano scomparendo
lasciando piu'spazio al commercio.
Durante la Repubblica di Venezia,
c'erano anche delle scuole, create con lo scopo di
insegnare ai giovani le arti di questi mestieri.
Anche per il Vetro c'erano delle botteghe che,
insegnavano quest'arte.
Le tecniche tipo , millefiori, mosaico, vetro soffiato e perle,
erano molto popolari all'epoca e lo sono tuttora.
La tecnica di inserire la foglia oro nelle perle
e' venuta molto piu' tardi, per la difficolta nel
raggiungere ed avere una temperatura alta e costante.
La combustione avveniva con la legna, poi il carbone ed in seguito olio.
Quindi materiali molto poveri per le elevate temperature.
Adesso si usa gas, e con questo si riesce ad ottenere,
qualsiasi temperatura necessaria per questo tipo di lavoro,
spesso, con l'aiuto dell'ossigeno, invece che dell'aria.
Sempre al tempo della Serenissima Repubblica,
c'erano anche delle leggi che, impedivano l'espansione delle
tecniche di lavorazio al di fuori dell'isola di Murano.
Le pene erano veramente terribili, per chi avesse portato
i segreti di questa lavorazione, all'estero.
Chi volesse comperare del vetro a Murano,
riesce ancora, a trovare degl'articoli esclusivi e di rara bellezza.
Sopratutto per quanto riguarda le Perle, ce ne sono veramente di meravigliose.
Non per niente il vetro di Venezia e stato, ed e' ancora,
il vetro piu'bello e magico al mondo.
Bisogna essere orgogliosi di avere questo tipo di artigiani in Italia.
Questo e' uno dei biglietti da visita piu' belli che abbiamo.
AMIAMO QUESTO MAGICO E MISTERIOSO MATERIALE che si chiama VETRO VENEZIANO'

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